クリスマス問題を教会史で解く

クリスマスは実際にイエスが生まれた日ではなく、本来は異教の太陽神の祭であった。──幼い頃から「クリスマスはイエスさまの誕生日」と信じてきた私にとって、この事実を知ったことは大きなショックであった。そして、クリスマスを祝うことは偶像礼拝ではないのか、日本の行事は「異教由来だから」と言って禁ずるのに、どうして西洋のクリスマスは異教由来でも無批判に受け入れるのか、という疑問を抱いた。私は、クリスマスを…

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エステル記に現された神の摂理

エステル記は、聖書の中でも、その史実性を疑われることが多い書である。できすぎたそのストーリー、当時のペルシアやギリシアの記録に見られないこと、新約聖書に引用がないこと、死海写本の中にも見られないことなどが理由として挙げられよう。だが、聖書はすべて誤りなき神のことばと信じる私たち福音派は、エステル記もまた史実の記録であると信じるのである。もっとも、私はエステル記の史実性を裏づけるような知識は持ち合…

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ハカーマニシュ朝って何?

今、青木健著『ペルシア帝国』(講談社)を読んでいる。現在のイランの地に古代栄えた二つのペルシア帝国「アケメネス朝」と「サーサーン朝」について書かれている本だ。このうちアケメネス朝は聖書に出てくる「ペルシア」のことであり、聖書を学ぶ上では非常に重要である。 ところがこの本、その「アケメネス」の名が出てこない。その代わり、目次を見ると「ハカーマニシュ朝」なる聞き慣れない、舌を噛みそうな名前の王…

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旧新約聖書一貫した神の愛

今エレミヤ書を読んでいるのだが、思ったこと。旧約聖書の神(ヤハウェ)は、イスラエル(又はユダ)の民に対して非常に厳しくあたり、その罪を容赦なくさばく。特にエルサレムの滅亡を宣告する。しかし同時に大変あわれみ深く、その罪を赦し、民の回復、すなわち捕囚の地からの帰還とエルサレムの復興を約束される。 対して、新約聖書の神であるイエスも、ユダヤ人たちに対して非常に厳しくあたり、その偽善を容赦なく告…

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イスラエルの枠を越えて広まった福音

イスラエルから始まった福音は、イスラエルの枠を越えて世界に広まり、地の果てにまで至った。 具体的には、イスラエルに発祥し、パウロらの働きによってシリア、ギリシア、ローマへと伝わり、そこからヨーロッパに広まってアメリカにも至り、ついには東の地の果て日本までも届いたのである。 原点であるイスラエルに軸足を置きつつも、この福音を更に広く伝えることが、私たちの使命だ。 「しかし、聖霊が…

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平和の都エルサレム

私たちが誰かと仲良くしたい、和解したい、平和を造りたいと望む時、立ち返るべきはただひとつ、イエスの十字架だ。私たちの身代わりに十字架に架かって死んだイエスこそ、私たちと神との、そして私たちと隣人たちとの、平和の根拠である。 「平和」のことを、ヘブライ語で「シャローム」と言う。その派生形で、「平和の都」を意味するのが「エルサレム」である。「エルサレム」はヘブライ語で「イェルシャライム」と発音…

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思い出の蔚山

旅行会社のチラシ。何気なく見たら、「韓国4都市周遊」と題して釜山(プサン)・大邱(テグ)・慶州(キョンジュ)・蔚山(ウルサン)の名が。えっ、蔚山!?大きな町だけど、あまり観光地というイメージはないんだが……新しい名所でもできたのかな? 蔚山には思い出がある。まず、ずいぶん昔だがある集会で知り合った姉妹が蔚山の人だった。彼女との出会いが、私が韓国に関心を持った最初のきっかけであり…

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北の国から〜預言の成就〜

「それゆえ、見よ、その時代が来る──主のことば──。そのとき、もはや人々は『イスラエルの子らをエジプトの地から連れ上った主は生きておられる』と言うことはなく、ただ『イスラエルの子らを、北の地から、彼らが散らされたすべての地方から上らせた主は生きておられる』と言うようになる。わたしは彼らの先祖に与えた彼らの土地に彼らを帰らせる。(エレミヤ16:14-15)」 前後の文脈から、明らかにバビロン…

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お月見と仮庵祭とクリスマス

今夜は「中秋の名月」(お月見)。そしてユダヤ暦では「仮庵祭(かりいおのまつり)」初日。これらはいずれも満月(太陰暦の15日)に当たるので、例年重なることが多い(ひと月ずれる年もある)。日ユ同祖論者の中にはこのふたつを関連付ける人もいる。イエスが実際に生まれたのは、12月の「クリスマス」ではなくこの時期であった可能性がある。だとすると、真の「きよしこの夜」はお月見の夜ということになる。

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クリスマスはイエスの誕生日でもミトラス神の誕生日でもなかった

12月25日(クリスマス)は、実際のイエスの誕生日ではない。この日は本来、ローマ帝国で流行した宗教「ミトラ教」の太陽神の誕生日であった、と言われている。子どもの頃から「クリスマスはイエスさまの誕生日」と信じてきた私にとって、それはかなりショッキングな情報であった。 そんなわけで、ミトラ教に多少の関心を持っていたところ、今回、井上文則著『異教のローマ ミトラス教とその時代』(講談社)という本…

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