純粋な信仰を持っていた原始キリスト教会が、ローマ帝国に広まり、その公認・国教化を受けるに至って、堕落し、本来のあるべき姿から離れてしまったという考え方がある。ある意味それは真理だろう。教会は本来キリストを信じて新生体験をした者たちによって構成されるべきなのに、国家権力によって無理矢理、形だけ「キリスト教徒」にされた人々が、大量に流入してきたのだから。たとえば「マリア崇敬」などは中東・地中海地域で広く行われていた女神信仰が取り入れられたものとしか思えない。
そういう考え方をする、ある人々は、ローマ教会の流れを受け継ぐ正教(東方教会)、ローマ・カトリック、またそこから分裂したプロテスタントといった、いわゆる「正統派」のキリスト教会を否定する。これら「正統派」の諸教会は、正統どころか、むしろ悪魔の教会であると言う。
また彼らは三位一体を否定する。聖書の中に直接明言されておらず、ローマ主導の公会議で決定された教理だからだ。
彼らは、あくまで原始キリスト教を理想とし、自分たちが何らかの形でそれと直接つながっていると考えている。聖書を直接読むことによって、「正統派教会」(彼らの言うところの悪魔教会)を通さず信仰を得たとするパターン。原始キリスト教は久しく失われていたが、近代になって新たな「預言者」が起こり、その啓示で復興したと考えるパターン(モルモン教やエホバの証人がこれに当たる)。またある人々は、原始キリスト教徒は日本に渡来し、日本の神道・仏教の中にこそ原始キリスト教の奥義が隠されていると主張している。
しかし、本当にそうだろうか。教会を介さず直接聖書を読んでキリストを信じた人がいたとしても、その聖書は「正統派」教会の働きによって翻訳・出版されたものである。またエホバの証人を創設したチャールズ・ラッセルにしろ、モルモン教を創設したジョセフ・スミスにしろ、最初はプロテスタントの信徒だったわけで、その下地がなければ彼ら独自の活動を始めることもなかった。そして日本に原始キリスト教が伝わっているという話が仮に事実であったとしても、現在はその教えは全く埋没している。明治以降のプロテスタントやカトリックの伝来によってキリスト教・聖書の知識がもたらされたからこそ、隠されていたキリスト教の影が「発見」できたのではないか。
結局のところ、原始キリスト教が2000年の時をバイパスして現在につながっているわけではない。途中で堕落や多くの失敗を繰り返しながらも、原始キリスト教会が説いていた福音は、「正統派」キリスト教会の宣教を通して、現在の私たちの時代、私たちの国にまで伝えられてきたのである。このキリスト教の歴史を軽んずるべきではない。

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