キリスト教のヘブライ・ルーツとギリシア・ローマ・ルーツ

聖書の舞台はイスラエルである。旧約聖書はイスラエルのことば(ヘブライ語)で書かれている。イエスも使徒たちもみなイスラエル人であった。キリスト教のルーツはイスラエルにある。

ところが歴代のキリスト教会はイスラエルとのつながり(ヘブライ・ルーツ)を自分たちと切り離す傾向にあった。それどころか、イスラエル人(ユダヤ人)を迫害さえしてきたのである。その結果教会は、聖書の背景にあったイスラエルの文化や思想がわからなくなってしまった。その代わりに、ギリシアやローマの文化を取り入れた。こうしてキリスト教は本来の姿から異質なものへと変化してしまったのである。私たちは、今こそイスラエルの文化を学び、失われたキリスト教のヘブライ・ルーツを回復させることが大切だ。

ところがその反動で、キリスト教のギリシア・ローマ的要素を罪悪視し、全面否定する風潮も散見される。しかし私たち現代のクリスチャンはイスラエルから直接福音を受け継いだわけではない。ギリシア・ローマ世界で発展し、そこから世界に広まった「キリスト教」の歴史をとおして福音を受け取ったのだ。

確かに「マリア崇敬」のような根本教理に関わる問題もあるが(「マリア崇敬は認められない」http://cavazion.seesaa.net/article/471287525.html参照)、だからといってギリシア・ローマ文化の影響をすべて切り離すことはできない。私たちが受けているのは、イスラエルを超えて、ギリシア人にもローマ人にもあらゆる民族に広がる福音なのだから。

聖書の中で、使徒たちは、ローマ支配の下にあるギリシア人の町々で伝道を行った。そして何より、新約聖書はギリシア語で書かれているのである。

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