それまで迫害されていたキリスト教がローマ帝国によって公認されたのは、コンスタンティヌス帝によるいわゆる「ミラノ勅令(313年)」に於いてである。(ちなみに私はこれを「再三(さいさん313)に渡る要請にキリスト教公認」と覚えている。)この段階ではまだ、キリスト教は数ある宗教のひとつとして「合法化」されたに過ぎず、ローマの「国教」になったわけではない。
キリスト教をローマの国教に定めたのはテオドシウス帝であったが、それにはいくつかの段階があった。まず380年の「テッサロニキ(テサロニケ)勅令」でキリスト教の三位一体派が正統として保護され、他の派は異端として排斥された。ついで388年、帝の提起により元老院がローマの伝統宗教の廃絶を決議、キリスト教は事実上の国教となる。そして392年、他の宗教が禁止され、キリスト教は名実共にローマの国教となったのであった。一般に、教科書などではこの392年の段階をもってキリスト教の国教化と見なしている。(私は「御国(みくに392)の福音ローマを制す」と覚えている。)
私がこんなことを書いたのは、私自身、この辺の事情(国教化に段階があったこと)を最近知って興味深かったので、覚え書きとするためである。理解の誤り等あれば、詳しい方、ご指摘いただければと思う。
さて、ローマによるキリスト教の「公認」は、今の私たちがイメージするような「信教の自由」や「政教分離」とは全く違っていた。何しろ皇帝自らがキリスト教の正統な教義を決める「公会議」を招集しているのだから(「ニカイア公会議」325年)。そこに政治的な思惑が反映されていることは十分考えられる。
ましてや「国教化」は論外だ。逆の意味で「信教の自由」が否定されてしまったわけだから。それまで異教徒であった人々が、心で信じたわけでもないのに、形だけ強制的にキリスト教徒へと改宗させられ、大勢教会に入ってきたのである。この国教化を機に、教会は大きく堕落してしまったと言えるだろう。
だから一連の公認・国教化によって成立したローマ教会と、その流れを汲む現在のカトリック、プロテスタント、正教といった「正統派」諸教会を批判する人々がいる。彼らは、ローマ化以前の初代教会を理想とし、自分たちの信仰のルーツを初代教会に直結させようとし、その間のキリスト教の歴史を無視する。(というか、かつての私がそうだった。)その極端な例が、自分たちを「初代教会の再興」と見なし、「正統派」教会を全面否定するモルモン教やエホバの証人である。
(だが、そもそも初代教会、聖書時代の教会だって完璧な理想像だったわけではない。聖書には「反キリスト」や「偽教師」らが既に教会に入り込んでいると警告する箇所がいくつもある。)
一方、もし公認・国教化によってローマ教会が形成されなかったなら、今日の私たちの信仰は成り立たなかっただろう。前述の「ニカイア公会議」で三位一体が認められなかったなら、聖書に「明示」されているが「明記」はされていないこの教義をはっきり知ることはできなきった。また私たちの信仰の土台はあくまで聖書であるが、「カルタゴ会議(397年)」で新約聖書の正典の範囲が確認されなければ、私たちが聖書を読むことはできなきった。
私たちは、初代教会から一足飛びに聖書の福音を受け継いだのではない。ローマ時代から連綿と続く教会の歴史を通じて、聖書と、その福音のメッセージを伝えられてきたのである。もちろんその途中には堕落や過ちがたくさんあった。だからこそ、ルターらによる宗教改革などを通して、軌道修正が成されてきたのである。
現代の私たちの教会にも間違いや失敗があることだろう。だが、神はこれまでの教会の歴史を通して福音を伝えて来られたように、今も私たち教会の働きを通して福音を伝えようとされているのである。

この記事へのコメント
アハ
なぜ、キリスト信仰に、この世の政府の公認(権威)が必要なのですか? むしろ、キリストと、その弟子達は、世俗社会の政府の権威の悪魔的な暴虐性、世俗社会の権威の間違い、政治権力の行使による真偽正邪の決定、これらを完全に否定しました。
偽教理を教える異端教会・殺人等の犯罪を肯定する悪魔教会は、政府機関によって擁護される事、認定される事、政治権力と一体化する事を望み、そのように努力します。 イエズス会や創価学会などは、この典型例です。
川崎さんのような悪魔崇拝者は、みな、世俗社会の富と権力の獲得を求めて行動し、逆に、正しい信仰、愛、真理、正義を憎み迫害してきました。それが悪魔サタンの本性だからです。