近年急速に流行し始めたハロウィンが終わり、街は今度はクリスマスムードになりつつある。昔はこんなに早くなかった気がするのだが、それだけ商機だということか。
クリスマスに深く関わりのある町が、ベツレヘムだ。言うまでもなく、イエス・キリスト生誕の地である。「神の御子は今宵しもベツレヘムに生まれたもう」とか「ああベツレヘムよなどかひとり星のみ匂いて深く眠る」とか歌に歌われていたり、羊飼いの野や聖家族の集まる馬小屋など、ほのぼのとした温かい雰囲気でイメージしがちである。ところが実際は、そんなのんびりとした場所ではないようだ。
かく言う私はベツレヘムに行ったことはない。今からちょうど20年前(2002年)にイスラエル・ツアーに参加したが、ベツレヘムは旅程に含まれていなかった。当時はいわゆる「第二次インティファーダ」の真っ最中で、自爆テロが最も盛んな時期だった。海外からの観光客がほとんど絶え、私たちはほとんど貸し切り状態で各地を見学することができた。実際には、観光地になっているような場所でテロが起こることは、まずないということだった。
そんな中、パレスチナ自治区に含まれるベツレヘムは、危険区域に該当してしまったようである。当時ベツレヘムは、エルサレムへやって来るテロリストの基地のようになっていた。ダビデ王の出身地でもあるベツレヘムが、エルサレム襲撃の拠点になるとは、何とも皮肉な話だ。
その後、イスラエルはテロリストたちを強制的に排除することにした。パレスチナとの間に壁を建設し、彼らが物理的に侵入できないようにしたのである。実際、自爆テロは劇的に減った。一方で、パレスチナ側住民は不便を強いられ、「人種差別だ」「一方的な国境線の確定だ」との批判を呼んだ。この壁は、イスラエルでは「防護フェンス」と呼ばれ、パレスチナでは「分離壁」と呼ばれている。
ベツレヘムにも、この壁が建設された。壁には正体不明の芸術家「バンクシー」の風刺絵が描かれており、新しい観光名所になっているという。
思えば、そもそも聖書に記されたキリスト降誕物語に於いても、ベツレヘムはのどかで平和な町ではなかった。ヘロデ大王による幼児虐殺が起こったのは、ベツレヘムであった。争いや悲しみに満ちた人間の罪の現実の中に訪れた救い主イエス。その誕生の意義を象徴しているのが、ベツレヘムという町なのかも知れない。

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