イスラエルの選びは変わらない

イスラエルと、テロ組織ハマスとの戦争が続いている。そのためガザ地区で多くの人命が失われていることを受けて、イスラエルに対する激しい非難の声が世界中から上がっている。だが、初めにハマスが行った残虐非道なテロの数々や、ハマスが一般市民を「人間の盾」にしていることは、忘れられている。キリスト教界でも事情は同じで、パレスチナへの同情・連帯を示しつつ、翻ってイスラエルを批判する声が少なくない。

そのような中、現在のイスラエル人(ユダヤ人)が、聖書時代のイスラエル人の地位を受け継ぐ正統な子孫・後継者であることを否定するクリスチャンがいる。実際、今のイスラエル人のことを「自称イスラエル人」と呼ぶ発言を私も聞いた。

もし彼らが神に選ばれた聖なる民族なら、あんな非道なことをするはずがないというわけだ。聖書には、イスラエル人の回復が預言されている。その時彼らはイエスを信じるようになり、平和な世界が実現すると。しかし現状のイスラエルはそれとは全く逆で、イエスを信じる者はほとんどおらず、絶え間ない争いに見舞われている。確かに、彼らが神に選ばれた民であるようには、見えない。

だが、イスラエルの回復は一度に完成するものではない。まず最初に、政治的回復がある。世界中に離散していたユダヤ人たちがイスラエルの地に帰還し、国を再建する。これが第一段階の回復であり、「イスラエル国」の存在はその成就だ。だが、イエスを信じて平和を享受するという信仰上の回復、霊的回復には未だ至っていない。それはまだ後のことである。……今はそういう段階だ。いわば「過渡期」の状態である。

そもそも、イスラエルが神に選ばれたのは、彼らが正しかったからではない。彼らは罪深く、過ちを犯し、神への反逆を何度も繰り返す、そういう存在であった。にもかかわらず、神の一方的な恵みとあわれみにより、選ばれたのである。

イスラエルの選びはクリスチャンの救いのひな型だ。もしイスラエルが正しくない行為のためにその選びを取り消され、もはや「自称イスラエル」でしかないのだとしたら、どうなるか。私たちクリスチャンもまた罪を犯すなら、その救いを取り消され、また新たにほかの人々が選ばれることになるだろう。

だが、そのようなことはない。私たちクリスチャンの救いは、自分自身の行いによるのではなく、神のあわれみによる一方的な恵みであるからだ。イスラエルの選びと同じである。このように、イスラエルの選びの永続性を否定することは、クリスチャンにとって自己否定につながる。

ガザで起こっていることは悲劇であるが、それをもってイスラエルの選びを否定するようなことがあってはならない。彼らは「自称」ではなく、れっきとした神の選びの民である。

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