置換神学の間違い

「旧約時代のイスラエルの地位は、新約時代には教会に置き換えられた」とする考え方を「置換神学」と言う。この考え方によれば、アブラハムに約束された祝福を現在受け継いでいるのはキリスト教会であり、聖書の中でイスラエルについて言及されている箇所は、教会に適用される。一方イスラエル人(ユダヤ人)は、「神に選ばれた民族」としての特殊な立場を否定され、他の民族と何ら変わりがないことになる。

ところでアブラハムへの祝福はいくつかの要素から成り立っているが、そのひとつに「土地の所有」がある。カナンの地、後のイスラエルの地あるいは現在パレスチナとして知られる土地を、アブラハムの子孫が所有するようになるというものである。これは、教会には当てはまらない。明らかに、特定の民族を指している。

AD70年、エルサレムが陥落しユダヤ人たちがイスラエルの地を追われ世界に離散し始めた時、異邦人のクリスチャンたちは思った。ユダヤ人たちは、イエスを殺した罰を受けてその祝福を剥奪され、呪われた民となった。彼らの地位は自分たちキリスト教会に置き換えられ、我々が祝福を受け継ぐことになったのだ、と。ここから置換神学が始まり、それは激しい反ユダヤ主義を生み出した。

このままだったら、確かにユダヤ人の選びは解消され、土地の所有権も抹消された、ということになったかも知れない。だが、歴史はそうはならなかった。19世紀後半頃からユダヤ人たちは世界からパレスチナの地に帰還し始め、1948年、ついに独立国「イスラエル国」を樹立するに至ったのである。

これぞ聖書預言の成就、アブラハム契約の土地所有の祝福が現在もユダヤ人に対して有効であることの何よりの証拠ではないか。置換神学の支持者たちは、そのことを認めようとはしない。しかし、これだけはっきりと現されたしるしを見てなお信じないなら、それはイエスの奇跡を目の当たりにしていながら頑なに信じなかった、パリサイ人たちと同じだ。

ユダヤ人は今も変わらず、世界に祝福をもたらすために神から特別な役割を与えられた民族である。彼らを通して現された変わらない神の真実を、大胆に信じよう。

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