失われた?十部族の行方と日ユ同祖論

いわゆる「失われた十部族」について。十二部族から成る古代イスラエル王国は、ユダ族を中心とする二部族から成る南王国「ユダ」と、それ以外の十部族から成る北王国「イスラエル」に分裂した。その後、北王国イスラエルはアッシリアに滅ぼされ、その十部族は行方不明になったとされる。これが「失われた十部族」で、その末裔が日本人になったなどと言われる。一方の南王国ユダもバビロンに滅ぼされるが(バビロン捕囚)、ペルシアによって解放され、以後彼らがイスラエル人の主流となり、「ユダ国の人」という意味で「ユダヤ人」と呼ばれるようになる。

だが、十部族はそもそも失われていないとする主張もある。なぜなら、北王国滅亡後も十部族系の人々の消息が度々聖書に登場するからだ(Ⅱ歴代誌30章、同34:9、ルカ2:36など)。新約聖書に於いても、使徒たちが自分たちの民族を「十二部族」と表現している箇所がある(使徒26:7、ヤコブ1:1など)。

私は、いずれも極論と考える。なぜなら、十部族の行方は単一ではなかったからだ。前述の通り、聖書が記録しているように、南王国系の「ユダヤ人」に合流し、吸収されていった人々がいた。またイスラエルの地にやって来たアッシリアからの移民と混血した人々は、「サマリア人」となった(Ⅱ列王記17:24)。彼らは今日も少数民族として残っている。また、アッシリア・バビロンやペルシアで現地人に同化した人々もいたはずだ。その末裔は今日のアラブ人やイラン人の中にいるのかも知れない。アフガニスタン人がイスラエル人の子孫だとする説もある。インドやミャンマーでは十部族の内のマナセ族の子孫とされる人々が発見されており、「ブネイ・メナシェ」と呼ばれている。このように、十部族が「失われた」とは言い難い。

ただ、離散した十部族の中には、歴史の闇の中に埋没し、「失われた」人々も「一部」いたことだろう。そういう意味では、「十部族は失われていない」とも言い切れないのである。そしてそんな失われた十部族の中の更に「一部」の人々が、日本列島までやって来て、日本人の先祖の「一部」になった可能性は、ないとは言えない。

もっとも、日本人をイスラエル人の子孫とするいわゆる「日ユ同祖論」も、近年ではより複雑になっている。「失われた十部族」が来たとするものだけでなく、南ユダ系、ローマによるディアスポラ系、エルサレムの原始キリスト教徒系、ネストリウス派(景教)系など様々な系統のイスラエル人が想定されており、また彼らが波状的にやって来たとする複合型など様々な説が出てきている。だがいずれも憶測の域を出ておらず、新たな考古学的発見でもない限り事実を特定することはできない。

しかし、十部族であれ他であれ、仮にイスラエル人の血を「一部」引いていたとしても、日本人はアブラハム契約の地位の継承者、いわゆる「選民」としての「イスラエルの子孫」ではない。正統な「イスラエルの子孫」は、あくまで今のユダヤ人だ。彼らが長い離散と迫害の歴史の中でも滅びず、聖書の預言のとおり先祖たちの土地に国家を再建していることが何よりの証拠である。

もし日本人が「イスラエルの子孫」なら、日本人がこぞってイスラエルの地に移住するという、パレスチナ問題をますますややこしくするような出来事が起こらなければならない。ところが日本人は、「日本列島」という「約束の地」を既に持っているのだ。日本人は、失われた十部族その他のイスラエル人の子孫を名乗ることによってではなく、イエスを信じる信仰によって「アブラハムの子孫」となることを目指すべきである。

「ですから、信仰によって生きる人々こそアブラハムの子である、と知りなさい。ガラテヤ3:7」

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