平和の都エルサレム

私たちが誰かと仲良くしたい、和解したい、平和を造りたいと望む時、立ち返るべきはただひとつ、イエスの十字架だ。私たちの身代わりに十字架に架かって死んだイエスこそ、私たちと神との、そして私たちと隣人たちとの、平和の根拠である。

「平和」のことを、ヘブライ語で「シャローム」と言う。その派生形で、「平和の都」を意味するのが「エルサレム」である。「エルサレム」はヘブライ語で「イェルシャライム」と発音するが、「シャライム」が「シャローム」の複数形に当たる。

エルサレムは、その名にふさわしい町だ。なぜなら、父なる神がその御名を置かれた町だからだ。また、子なる神イエスが十字架に架かり、復活・昇天された町だからだ。そして、イエスの福音は、聖霊なる神によって、この町から始まり地の果てまで広められたからだ。

誰かと「シャローム」が必要になった時、エルサレムを−−−エルサレムで十字架に架けられたイエスを思い出そう。

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