今エレミヤ書を読んでいるのだが、思ったこと。旧約聖書の神(ヤハウェ)は、イスラエル(又はユダ)の民に対して非常に厳しくあたり、その罪を容赦なくさばく。特にエルサレムの滅亡を宣告する。しかし同時に大変あわれみ深く、その罪を赦し、民の回復、すなわち捕囚の地からの帰還とエルサレムの復興を約束される。
対して、新約聖書の神であるイエスも、ユダヤ人たちに対して非常に厳しくあたり、その偽善を容赦なく告発し、そしてやはりエルサレムの滅亡を宣告された。しかし大変あわれみ深く、その十字架の死と復活によって罪の赦しを成し遂げられた。そして(直接にはパウロのことばになるが)「イスラエルはみな救われる」(ローマ11章)という、ユダヤ人の霊的復興を約束している。
こうして見ると、旧約も新約も神は一貫して変わらない方であることがわかる。特にイスラエル民族(ユダヤ人)に対して格別なる愛を持っておられる。そしてその愛は、イエスを介して、イエスを信じる者たち、クリスチャンにも注がれている。

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