エステル記は、聖書の中でも、その史実性を疑われることが多い書である。できすぎたそのストーリー、当時のペルシアやギリシアの記録に見られないこと、新約聖書に引用がないこと、死海写本の中にも見られないことなどが理由として挙げられよう。だが、聖書はすべて誤りなき神のことばと信じる私たち福音派は、エステル記もまた史実の記録であると信じるのである。もっとも、私はエステル記の史実性を裏づけるような知識は持ち合わせていない。ただ、今回ペルシア帝国に関する本を読んでいて気がついたことがあったので(「ハカーマニシュ朝って何?」 http://cavazion.seesaa.net/article/519074089.html 参照)、お分かちしたい。
古代ペルシア帝国(アケメネス朝又はハカーマニシュ朝)の王たちは、近親婚が習慣だったそうだ。姉や妹、時には娘とさえ結婚していたのである。そう考えると、エステルが一般国民の中から王妃に選ばれたことが如何に異例中の異例であったかがわかる。だからエステル記は創作だ、という声もあろう。しかし私はむしろ、だからこそ、奇跡的な神の介入、すべてを支配する神の見えざる配慮と摂理という、エステル記を通底するテーマがここに現れていると思うのである。それは、次のモルデカイのことばに象徴されている。
モルデカイはエステルに返事を送って言った。「あなたは、すべてのユダヤ人から離れて王宮にいるので助かるだろう、と考えてはいけない。もし、あなたがこのようなときに沈黙を守るなら、別のところから助けと救いがユダヤ人のために起こるだろう。しかし、あなたも、あなたの父の家も滅びるだろう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない。」(エステル記 4:13-14)
このメッセージは、神の使命に生きる私たち現代のキリスト者にも呼びかけられている。

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