サーサーン朝ペルシア

青木健著『ペルシア帝国』(講談社)を読んだ。二つの古代ペルシア帝国「ハカーマニシュ(アケメネス)朝」「サーサーン(ササン)朝」の通史である。(ハカーマニシュ朝って何?」 http://cavazion.seesaa.net/article/519074089.html 、「エステル記に現された神の摂理」http://cavazion.seesaa.net/article/519106789.html 参照。)前半のハカーマニシュ(アケメネス)朝については、上記過去記事にて書いた。だが、本の大半を占めるのは後半のサーサーン(ササン)朝である。

私は、サーサーン(ササン)朝については、名前くらいは聞いたことがあるという程度だった。記憶にあるのは、中学校?の国語の教科書に載っていた「獅子狩文錦(ししかりもんきん)」の話である。法隆寺に伝わるこの錦の柄が、ササン朝の影響を受けており、そこに描かれている人物はホスロー2世がモデルだということであった。ササン朝の名を初めて知ったのはその時であると思う。しかし、この国がいつ栄えたどのような国であるのかは、ほぼ全く知らなかった。

ところが今般、この本を図書館で見つけて何気なく借りてみた。ちょうど期を同じくしてYouTubeでもサーサーン朝の歴史について解説した動画に出会い、この国に興味が湧いてきた。

もちろん、今まで何も知らなかったものを一度や二度読み聴きしたくらいで覚えられるものではない。覚えているのは、ほかの世継ぎがみな絶えてしまったため、まだ胎児の時に母親のお腹の上から戴冠されて即位したので、寿命より在位期間の方が長い皇帝がいたことくらいである。

そして、人名がやたら長ったらしい。「ウズルグミフル・ボーフタラーン・カーレーン」だの、「シャーヒーン・ヴァフマンザーデガーン」だの、「ファッロフザード・オフルマズド・イスパフべダーン」だの、わけがわからない。聖書を初めて読む人も、見慣れないカタカナ名がたくさん出てくることに同じような当惑を覚えるのだろうかと思った次第である。だが、繰り返し出てくる貴族の家名「ミフラーン家」「スーレーン家」「カーレーン家」「イスパフべダーン家」は頭にこびりついてしまい、覚えてしまった。

ただ、本書自体は一見堅苦しそうでありながら、どこかユーモラスな語り口調の部分があって、読みやすかった。特に「いくらなんでも、サーサーン家の人びとは、息子に『アルダフシール』と命名し過ぎであろう」とか「この帝都には、謀殺を誘発する抜け穴でも備わっていたのかと思われるほどである」とか著者による「ツッコミ」が入るところが面白い。著者は私と同年代なので、感性が合うのかも知れない。

サーサーン朝の正式名称は「エーラーン・シャフル(エーラーン帝国)」である。「エーラーン」は「アーリア人の国」の意で、現代の発音では「イーラーン」すなわち「イラン」だ。現代のイランが、古代ペルシア帝国の後継国家である。奇しくも本書を読んでいる間に、イランの反政府デモのニュースが入って来た。このブログでもイランの人々の救いのための祈りを呼びかけた。(「(緊急)イランのために祈ろう」http://cavazion.seesaa.net/article/519731044.html 、「イランの行方とエゼキエル戦争」http://cavazion.seesaa.net/article/519760522.html 参照。)イランのために心動かされたのは、本書の影響もあるかも知れない。神の計らいを感じる。

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