石破総理の靖国神社参拝見送りに思う

石破総理が8月15日の靖国神社参拝を見送るそうだ。そもそも石破氏はクリスチャンなので、靖国神社参拝はしないのが筋である。クリスチャンにとって、聖書が伝える「世界を創造した唯一の神」以外のもの、例えば故人の魂などを神として拝むことは、最も憚られることだからである。靖国神社だけでなく、伊勢神宮も明治神宮も選挙事務所の神棚も同じだ。 国のために命を犠牲にした人々を軽んじているわけではない。ただ、…

続きを読む

北王国イスラエルは現代イスラエル建国で回復した?

よく、イスラエル十二部族のうち、北王国「イスラエル」の十部族は消息不明になって失われてしまい、南王国「ユダ」の二部族の子孫が現在の「ユダヤ人」になったと言われる。しかし、北の十部族の行方は単純ではなく多様であり、確かに消息不明になって失われた人々も一部にはいたであろうが、南の二部族と合流し一体化していった人々も少なくなかったことを、過去記事で指摘した。(「失われた?十部族の行方と日ユ同祖論」ht…

続きを読む

天皇の救いのために祈ろう

日本のクリスチャンは、天皇陛下とご皇族方の救いのためにもっと祈るべきだと思う。日本のクリスチャンの間には、天皇に対するアレルギーというか嫌悪感のようなものがあるのではないか。理由のひとつは、日本のキリスト教界が左翼・共産主義の影響を多分に受けているから。もうひとつは、天皇が神道と強く結びついているからであろう。 しかし、「人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在…

続きを読む

聖書は2階建

聖書は、2階建の家に似ている。1階が旧約聖書で、2階が新約聖書だ。1階がなければ2階が存在することができないように、旧約聖書がなければ新約聖書は存在することができない。多くの人々が新約聖書のみを重視し、旧約聖書は既に過ぎ去ったもの、現在ではあまり重要ではないもの、もはや不要なものと考えている。しかし新約聖書は読者が旧約聖書を熟知していることを前提に書かれており、その内容は全て旧約聖書の預言の成就…

続きを読む

イスラエル旅行でご一緒した方とのお別れ

教会のTさんが亡くなって、礼拝の中でお別れ会が行われた。Tさんとは23 年前、まだ私が母教会にいた頃、イスラエル旅行でご一緒した。目の見えないTさんは、牧師のI先生に手を引かれ「ここは◯◯だよ」などと説明されながら、参加していた。最後に訪れた「園の墓」(イエスが葬られたとされる場所のひとつ、別名ゴードンのカルバリ)でのこと。イエスが寝かされたという奥の間は、鉄格子越しに見るようになっており、鉄格…

続きを読む

韓国の教会と日本の教会

ずいぶん昔の話になるが、ある集会で、ある有名牧師が「韓国の教会は素晴らしい。それにひきかえ日本の教会をほめる人は見たことがない。」と言うのを聞いたことがある。とにかく人数が多く、信仰熱心な韓国の教会を賛美し、片や人数が少なく信仰も冷めている(ように見える)日本の教会を自虐していたのだろう。 だが私は、同じ頃ある韓国のクリスチャンが「日本の教会は素晴らしい」とほめるのも聞いたことがある。曰…

続きを読む

真の聖所とユダヤ人

聖書に登場する幕屋とその発展形である神殿は、天にある目に見えない「真の聖所」の影、比喩である。ヘブル人への手紙9章には、「第一の幕屋が存続しているかぎり、聖所への道がまだ明らかにされていない」とある(ヘブル9:8)。これが書かれた時はまだ神殿があったが、まもなくローマによって破壊されてしまった。霊的に見れば、イエスが十字架でご自身のからだを完全ないけにえとしてささげ、「ご自分の血によって、ただ一…

続きを読む

失われた?十部族の行方と日ユ同祖論

いわゆる「失われた十部族」について。十二部族から成る古代イスラエル王国は、ユダ族を中心とする二部族から成る南王国「ユダ」と、それ以外の十部族から成る北王国「イスラエル」に分裂した。その後、北王国イスラエルはアッシリアに滅ぼされ、その十部族は行方不明になったとされる。これが「失われた十部族」で、その末裔が日本人になったなどと言われる。一方の南王国ユダもバビロンに滅ぼされるが(バビロン捕囚)、ペルシ…

続きを読む

「金持ちとラザロ」の真意

ルカ16:19〜31にある「金持ちとラザロのたとえ」について。ある人々はこの箇所はたとえ話ではなく実話であり、死後の世界観について語ったものであるという。「よみ(ハデス)」は「地獄(ゲヘナ)」とは別であるとして、死後の救い、いわゆる「セカンドチャンス」の根拠とされることもある。しかし私はこの箇所はあくまでたとえ話であり、その主題も死後の世界とは別のところにあると考える。 それには、16:1…

続きを読む

マリア崇敬の起源にちらつく女神信仰の影

教皇フランシスコが死去し、遺体はローマ市内の「サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂」に葬られた。このサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂、「聖母マリア」に捧げられた聖堂の中では最も大きく、カトリック教会の中でも格別に権威あるところらしい。 そのサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂であるが、かつて「キュベレ」という女神が祀られていた神殿のあった場所に建てられている。女神が祀られていた神殿の跡に聖母の聖堂…

続きを読む